「今日は、もう嫌ですっ」
       そう言って、七条の手を振り払った啓太を、まじまじと眺めた七条は、
       あからさまに寂しそうな表情を見せた。
       「そんな顔したって、ダメですからね!」
       七条は、あくまで強気に振る舞う啓太に、小さく溜め息をつく。
       「つれないですね」
       啓太は、七条と目を合わせないように、七条に背を向けて、口を開いた。
       七条の寂しそうな表情が、同情を引くために作られたものだと知りつつも、
       目を向けてしまうと、どうしても心が揺れてしまう。
       七条の誘いを振り切るために、啓太は、精一杯、心を鬼にする。
       「伊藤くん……」
       落ち込んだ七条の声が、背中越しに聞こえてきても、啓太の態度は変わらなかった。
       「ダメです!」
       
       平日の夜。明日も授業がある啓太は、当り前のように自分の部屋に来ている七条の
       当たり前のような誘惑に、今日は乗るまいと必死に拒絶を続ける。
       啓太が、頑として、七条に流されないのには、理由があった。
       七条も、それをわかっているはずなのに、なおも七条は、啓太に構い続けようとする。
       啓太は、そんな七条から逃れようと、七条の手を振り払い続けながら、
       強い口調で、七条を制しようとした。
       「明日は、日直だから、もう寝るんですっ」
       「日直、ですか」
       七条の声が、少し震えて聞こえたのは、笑いを堪えてるせいだと理解した啓太は、
       七条に向き直って、七条を睨みつける。
       「すみません。そんなに怖い顔しないで下さい」
       そう言った七条の顔は、啓太の予想通りだった。
       堪えきれないと言わんばかりに、七条は、口に手を当てて、笑い声を抑えていた。
       「とにかく今日は、もう寝ます」
       ぷいと七条に背を向けて、布団に潜り込もうとした啓太を、引き留めるように、
       七条が、啓太の肩に手をかけた。啓太は、不意に触れられて、ぴくりと身体を震わせる。
       そんな啓太の様子に、小さく笑った七条は、啓太の耳に口をよせて、囁いた。
       「伊藤くんに真剣になってもらえる日直が、うらやましいです」
       「な、何言ってんですか?!」
       まともに取り合えば、不利になるとわかっているのに、啓太は、七条の言いように
       思わず応えてしまう。いつもと同じく、七条が計算する通りに。
       
       「俺だって……ゆっくりしたいですよ……」
       啓太にしては珍しく、少し愚痴っぽい言葉だった。
       「だって、一緒に日直するはずの和希が、いつも休むから。家の用事とか言って」
       「伊藤くんは、責任感が強いんですね。そういうところも好きですよ」
       いつの間にか、啓太の肩を抱いていた七条が、啓太に優しくそう言うと、
       啓太は、うなだれながら、小さく首を振った。

       種あかしをしてしまおうか、と七条は、少しだけ迷う。
       和希が、啓太と日直をするときにかぎって、家の用事ができる理由。
       それは、啓太と二人で日直をするという時間に嫉妬した七条が、
       和希をサーバー棟に詰めなければならなくなるように、七条曰くの
       「小さないたずら」を仕掛けているからだった。
       「明日は、きっと、遠藤くんが一緒に日直をやってくれますよ」
       そういう七条を、啓太は不思議そうに見上げていた。
       
       大丈夫。今日は君のために、日直にやきもちを焼くのは、やめておきますから。
       七条は、心の中でそう言って、再び啓太を抱き寄せる。
       何を言っても、結局、七条に流されてしまう啓太は、すっかりどこかへいってしまった眠気に、
       深く溜め息をついた。

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