授業のない土曜日の校内は、人もまばらで、静かな時が流れていた。
「失礼します」
そう言って、啓太が会計室のドアを開けると、そこには西園寺一人が、難しい顔をして、書類に目を通している。
年度末を控え、学園の会計としての仕事が多くなるこの時期に、休みの日とはいえ、
西園寺が会計室に来ているのは、珍しくなかったが、補佐役の七条の姿が見えないことは、珍しいことだった。
「あれ……、七条さんは?」
予想通りの啓太の問いに、西園寺は、小さく笑って言葉を返す。
「臣に用事か?」
「い、いえ……」
西園寺は、口ごもってしまった啓太の態度に、思わず笑みをこぼした。
本当は、なぜ啓太が休日の会計室にを訪れているのか、西園寺は、わかっている。
「仕事……忙しいですよね……」
「私に用事か?」
西園寺がそう言うと、また啓太が黙り込む。
くすくすと笑い始めた西園寺は、啓太の頭を一撫ですると、囁くように啓太に言葉をかけた。
「私に、会いに来たのだろう?」
「お前のことなど、お見通しだ」
おかしそうに言った西園寺は、再び書類に目を通し始めた。
啓太は、もじもじしながら、西園寺の目の前のソファーに、居心地悪そうに腰掛けている。
西園寺は、ふぅと息をつき、書類に目をやったまま、口を開き始めた。
「啓太、紅茶を淹れてくれ。それから冷蔵庫に……」
中途半端なところで言葉を止めた西園寺に、啓太が思わず聞き返す。
「冷蔵庫に……?」
「行けばわかる」
相変わらず、西園寺は、愉快そうに笑っていた。
不思議そうな顔をした啓太は、西園寺の言葉を不可解に思いながら席を立った。
西園寺と付き合うようになって、会計室に出入りするようになった啓太は、七条の教えもあって、
紅茶を淹れるのが上手くなっていた。
西園寺好みの紅茶を淹れられるようになった、と言った方が正しいかもしれない。
啓太は、西園寺が好んで飲んでいるウエッジウッドのアップルティーを手に取ると、慣れた手つきで、
お茶の準備を始めた。
「そういえば、冷蔵庫って……」
ふと西園寺の言葉を思い出した啓太は、少し、わくわくしながら冷蔵庫を開けてみる。
いつもなら七条が用意したお菓子が、いろいろと並んでいる会計室の冷蔵庫だったが、中には、
ぽつんと黒い小さな箱が置いてあるだけだった。
啓太は、その箱に手を伸ばしてみる。
「パティスリー グレゴリー・コレ」と書かれたその箱には、黒いリボンが
かかっていた。
開けていいものかわからず、そっとその箱を冷蔵庫に戻そうとしたときに、
急に声をかけられて、驚いた啓太は、小さく声を上げる。
「開けていいんだぞ」
いつの間にか、啓太のすぐ後ろに立って、笑ってそう言った西園寺に、
啓太が向き返った。
「どうした?開けないのか?」
西園寺に促されて、啓太が箱のリボンを解くと、箱の中からカカオの香りがしてきた。
どうやら中身は、チョコレートらしい。
箱の中の薄い包み紙を開くと、四角く、ごつごつとした一口大のチョコレートが姿を現した。
啓太は、何か言いたそうに西園寺に視線を投げると、西園寺は、少し困ったように笑う。
「臣が用意したと思っているのだろう?」
「あの……、じゃあ、これは、西園寺さんが……」
驚いたようにそう言う啓太に、当然のように西園寺が言葉を返した。
「私だって、ネットで買い物ぐらいできるぞ」
自分のために、わざわざ取り寄せてくれた、という事実に驚きながら、啓太は嬉しそうに西園寺に笑いかける。
「ありがとうございます、西園寺さん。なんか俺、びっくりしちゃって……」
啓太の言葉に、たまらず笑い始めた西園寺に、複雑な表情をした啓太は、不服そうに口を開く。
「だって、西園寺さん、甘いものなんて嫌いじゃないですか……」
「世間では、逆チョコというものが流行っているそうだぞ」
笑ったまま、そう言った西園寺に、啓太は、口を尖らせて言った。
「逆チョコって……、俺だって男です!」
「知っている」
はいはい、と啓太の言葉を聞き流そうとする西園寺に、啓太が懸命に言葉を続ける。
「それに今日は……」
2月14日は、世間的にはバレンタインデーでも、啓太にとっては、特別な人の特別な日だった。
「俺が……西園寺さんに何かあげる日……なのに……」
Next