「鈴菱家の一族 中嶋です。ノート」 3
「これ、岩井さんの?」
成瀬が拾い上げたのは、スケッチブックだった。
中身をパラパラとめくってみると、数枚の絵が描かれている。
どれも抽象画のようで、何が描かれているか、わかりづらく、横から覗きこんでいる啓太も、
首をひねって、考え込んでいた。
「何が描いてあるんだろう、これ」
啓太の問いかけに、和希が自信なさそうに答えた。
「人物みたいに見えるけど、よくわからないな」
よくよく見ると、どの絵も、人が横たわっているようにも見えた。
人物は、同じ人なのか、そうでないかは、判別は難しい。
「そういえば岩井さん、抽象画にも興味あるって言ってた……」
おぼろげながらも、啓太は、岩井の言葉を思い出す。
「ホントに、芸術は爆発やなぁ。俺には、全然理解できんわ」
滝が、溜め息をつきながら、そう言うと、丹羽が、大きく笑いながら、滝の言葉を茶化す。
「サルくんの頭の中は、デリバリーと、たこ焼きでいっぱいだもんな。
岩井の芸術なんて、入る余地ねぇだろ」
「なんや、王様!王様やって、わからんでしょう?!」
素直な滝の反論に苦笑しつつ、丹羽は、「確かにな」と言葉を返した。
事の成り行きをじっと見ていた西園寺が、成瀬からスケッチブックを受け取り、
ぽつりと独り言のようにつぶやいた。
「いつもの岩井の画風と違うな」
思いがけない西園寺の一言に、一同は西園寺を振り返る。
「西園寺さん、わかるんですか?」
ただの抽象画にしか見えない啓太が、驚いて西園寺に問いかけた。
「ああ。はっきりしたことは断言できないが、岩井は、こういう描き方をしないと思う」
西園寺の言葉に、篠宮が、スケッチブックを覗き込みに来て、じっと絵を見つめていたが、
やがて諦めたように、うなだれた。
「俺には、わからない……」
篠宮の落ち込みように、滝が思わずフォローをし始めた。
「寮長はん、普通わかりませんて。あんなんわかるの、西園寺だけですって」
「しかし、俺は、いつも卓人のそばにいながら、なにもわかってやれなくて……」
どんどん沈み始める篠宮の肩を叩きつつ、丹羽が西園寺の言葉に疑問を投げかけた。
「なぁ、郁ちゃん、それ確信あんのか?」
「絶対ではないが、これを岩井が描いたのだとしたら、何か思うところがあるのだろう」
丹羽は、ふーん、と言って、改めて絵を眺めていると、中嶋が呆れたように口を開いた。
「馬鹿馬鹿しい。そんな憶測だけで、何が解決するというんだ」
そう言って、岩井の絵にチラリと目をやった中嶋が、一瞬、表情を変えた。
「この絵は……」
一同にわからないぐらいの、小さなつぶやきだった。
「なんだよ、ヒデ?」
丹羽が不思議そうに中嶋を見つめている。中嶋は、すぐに落ち着きを取り戻して、冷静に答える。
「いや、岩井の絵は、俺にもよくわからん」
「だよなぁ」と丹羽は、笑って、中嶋から一同に目を向け直した。
見覚えのある絵。中嶋は、一瞬訪れた、冷やりとした感覚を覚えて、小さく身震いする。
そんな中嶋の様子を、七条は、不審そうに眺めていた。
この事件のカギを握っているのは、中嶋だ。そう感じた七条だったが、確証はない。
中嶋は、すっかりいつもの様子を取り戻し、一同があれこれ憶測を飛ばす様子を、見守っていた。
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