「鈴菱家の一族 中嶋です。ノート」 2
絵筆を持ったまま倒れていた岩井は、どうやらキャンバスに向かって、絵を描いている途中だったようだ。
「ダイイングメッセージが残されていますね」
現場を見て、冷静にそう言う七条に、ダイイングメッセージ?と啓太が聞き返す。
「筆の先を見てください。「S」と書かれているでしょう?」
確かに、岩井の持った絵筆で「S」と書かれているように見える。
おそらく岩井が倒れたときに書き残したものだろう。
「Sかぁ。それじゃ、Sがつくやつが犯人ってわけだな」
そうに違いない、といった風に納得している丹羽のイニシャルには、Sがつかない。
「七条、西園寺……あと篠宮さんやな」
滝が、そう言うと、すかさず篠宮が反論する。
「俺が卓人を殺すなんて」
「痴情のもつれ、なんてこともありますよね」
自分も犯人候補になっているというのに、七条は、のんびりとそんなことを言った。
絶句している篠宮から目を離し、七条はなおも続ける。
「それから、遠藤くんも、ですよね。Sがつくと言えば」
「和希?和希にSなんて……」
和希の正体を知らない啓太は、不思議そうな顔をする。
この中で和希が本当は、鈴菱和希だと知るものは、七条と西園寺だけだった。
「ちょっっ……。それはっっ!」
駆け込んできたのは、当の本人、遠藤和希だ。
「あ、和希。生きてた」
啓太は、ほっとした笑顔を見せ、すぐに、岩井の方に向き直る。
「え、それだけ?」
意外にあっさりした啓太のリアクションに、和希は、あからさまに肩を落とす。
そんな和希に、あきれたように西園寺が言葉を返す。
「お前の狂言に付き合っている暇はないようだぞ。状況を見ろ」
和希は、「狂言じゃなくて、本当に気を失ってたんだってば!」と言いたいところをぐっと堪える。
啓太が泣いたあたりから、意識は戻りつつあったのに、目を閉じたままでいたのは、
西園寺の指摘どおりとも言えなくもない。
そもそも、気を失っていたのも……、あれ、何でだっけ?と和希が岩井そっちのけで考えていると、
それに気づいたらしい啓太が、和希の腕をひじでつついた。
慌てて、倒れたままの岩井に目を向けて、和希は独り言のように言った。
「Sかぁ……」
いつの間にか、和希の隣に来ていた七条が、話始めた。
「まぁ、遠藤くんが犯人、というのは冗談として」
趣味が悪すぎるよ、と遠藤は、心の中だけで反論する。
「Sということなら、中嶋さんもそうですよね」
意外なところで名前を出され、中嶋は不服そうに七条に言い返す。
「中嶋英明のどこにSがつくか説明してもらいたいものだな」
「だって、Sなのでしょう?それとも意外にMなんですか?」
既に、無茶苦茶になりつつある七条の言いように、一同はあきれつつも、なんとなくうなづいたりしている。
「お前ら……。こんな戯言に、何を納得しているんだ」
お怒りの中嶋が、滝を振り返って強く言い返す。
「滝の方がよっぽど怪しいだろう。俊介でSじゃないか」
「ええー?!そんなんアリですか?」
こんなところで名前を出されて、滝は泣きそうな顔をする。
「じゃあ、海野ちゃんだって、そうやないですか!聡のS!」
海野の名前を聞いた丹羽が、うっ、と言って、視線を落とした。丹羽は、自分が苦手な猫を飼って、
いつも連れまわしている海野に、なるべく接触したくないと思っていた。
「海野先生は、学会で3日前からアメリカだ。それに海野先生は、岩井とつながりがないだろう」
滝の意見を完全否定した西園寺の言葉に、丹羽は、ほっと胸をなでおろす。
「つながりがないんやったら、俺かてないやん!」
なおも反論する滝に、七条が、のんびりと口を挟んだ.
「じゃあ、やっぱり篠宮さんですね」
「だから、何故俺が……」
「ですから、痴情の」と七条が言おうとしたとき、啓太の横で岩井を見ていた成瀬が、何かを拾い上げて、
不思議そうに言葉を発した。
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