「伊藤くん、何か忘れていませんか?」
あくまで、にっこりと笑って、啓太にそう言ってきた七条が、少し怖い気がした。
「やっぱり……茄子なんて、嫌……ですよね?」
啓太は、七条の顔色をうかがいながら、おずおずと話し始める。
「あの……ふざけて、ごめんなさい」
七条に対する微妙な後ろ暗さが手伝って、啓太は七条に、素直に頭を下げた。
「ああ、いいんですよ、伊藤くん。そういうことではなくて」
じっと啓太の顔を見つめていた七条が、少し身をかがめて、啓太の目の前に顔を寄せた。
「忘れていることが、あるでしょう?」
急に顔を寄せられて、ドキドキと鼓動を早めてしまった啓太は、何も考えることができず、
ただ、ぽかんと七条を見返していた。
そんな啓太に七条は、困ったように笑いかけて、啓太の手を取り、自分の左目の下へ導く。
思わず、「あっ」という驚きの声を上げた啓太は、忘れものに気がついたようだった。
啓太が描いた七条の絵に、七条のチャームポイントともいえる、泣き黒子がなかったのだ。
「七条さん、ごめんなさいっ。あの、俺……」
啓太が、最後まで言い終わらないうちに、七条は、啓太を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと、七条さん?!」
急に抱きしめられて、驚いた啓太は、必死に七条から離れようとしても、思うように離れられず、
やがて、諦めたように、身体の力を抜いた。
七条は、少し悲しそうな声で、啓太を抱きしめたまま、口を開く。
「君の記憶に残っていたいんです。僕が、確かに存在するという証しに」
七条の腕の中で、啓太は、反省をする。
ただの思いつきで描いたとはいえ、七条のことを、ちゃんと見ていないのだ、と思われても
仕方がないことだった。七条に悲しい思いをさせていたことを、啓太は、後悔する。
「ごめんなさい……」
七条は、啓太の頭を優しく撫でながら、啓太のシャツの襟に手をかけた。
「え、七条さん、何を?!んっ……」
襟を少し開いて、現れた啓太の首筋に、七条が口をつけた。
啓太は、一瞬のうずきに驚いて、思わず七条を見返した。
七条は、最初と同じく、にこやかに笑って、啓太に語りかける。
「今度やったら、目の下、ですよ?」
啓太の首筋に小さく残る赤い痕。
うっかりしてしまった忘れものへの代償は、当分、消えてくれそうもなかった。
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