「寝待月」 中嶋×啓太
いつの間にか、夜が明けていた。窓から差し込んでくる朝日の眩しさで、啓太は目を覚ます。
隣に、中嶋の姿はない。かすかに残された煙草の香りだけが、中嶋と過ごした夜を思い起こさせた。
先に寝てしまって、目覚めると一人なのは、いつものことだけど。
甘い関係を期待できない相手だとわかっているのに、寂しい気持ちが抑えられないなんて、
わがまますぎるのかな、と啓太は自分自身に溜め息をつく。
西園寺の前で、思わず言ってしまった中嶋への告白も、中嶋にきちんと伝わったかどうか
自信が持てなかった。啓太は、自分が気持ちを示しているのに、中嶋が全くと言っていいほど
欲しい言葉をくれないことに、不安を覚えずにはいられなかった。
たった一言「好きだ」と言ってくれたら…。初めは、中嶋の視界に入ることだけでも
嬉しかったのに、中嶋のそばにいればいるほど、どんどん欲することが大きくなってしまう。
容赦ない程の強い日の光に照らされても、消えない甘えた気持ちと、身体に残る
けだるい感覚も手伝って、しばらく横になったままでいた。拗ねたような自分の態度は、
啓太の心に小さな自己嫌悪を残した。
中嶋さんにふさわしい人間になりたいのに。
でも、もう起きなければ。今日が休日とはいえ、自分の部屋にいるわけではないのだから、
と啓太が意を決したとき、中嶋が近付いてくる足音が聞こえてきた。いつものように起きろと
言われるのかと思ったのに、啓太の予想に反して、中嶋は啓太が寝ている隣に腰掛け、
啓太の頭に手を置いた。
頭、撫でてくれてる。
優しい手だった。中嶋の体温が伝わってくるような温かさを頭に感じる。きっと、寝ていると思って、
こんなことをしてくれているのだろう。啓太は、いつもと違う中嶋の温かさを感じていたくて、
寝たふりを続けていた。
寝ているとき、いつもこんな風に頭を撫でてくれていたのかな。目を覚ました瞬間こそ
寂しい気持ちになるけれど、啓太がここで眠るときに見るのは、決まって優しい夢だった。
中嶋の優しさは、啓太にとってわかりやすいものではなかったけれど、ふとした瞬間にそれに気づいて、
幸せな気持ちになれた。
MVP戦の最中、中嶋に助けてもらったときに、遠ざかる意識の中で、「守ってやる」という言葉を
聞いた気がしたことを思い出す。いつもこうだったら嬉しいのに。
そんなことは、決して口にはできないけれど。
そんなことを考えている啓太の気持ちを見透かすかのように、中嶋が啓太に声をかけた。
「起きているんだろ、啓太」
「寝てます」
子供のような啓太の返答に、中嶋は低く笑って啓太の頭を撫でていた手を止めた。
「じゃあ、何をされても起きないんだな」
「えっ、それは…」
思わず啓太は、中嶋の方に向き返り、身体を起こした。今までの経験上、中嶋に何をされるかを考えたら、
素直に寝たふりをし続けているわけにはいかなかった。
「起きているじゃないか」
「だって…」
言い訳しようとする啓太に、中嶋は、ゆっくり顔を近付ける。眼鏡の奥の切れ長な瞳に見つめられて、
啓太は言葉を失った。間近に見る中嶋の顔は、同性から見ても見惚れてしまうほど整っていて、
啓太はそんな中嶋を、いつもうらやましく思っていた。高い身長、長い脚、優れた身体能力、
明晰な頭脳…。啓太が、中嶋に憧れるところを挙げたらキリがないけれど、とりわけ中嶋の精悍な顔立ちは、
どちらかといえば幼い顔の啓太にとって、特にうらやましいものだった。
「啓太、お前…」
啓太の瞳に、中嶋の瞳しか映らなくなるほど、二人の顔は、近づいていた。自然と啓太の鼓動が速くなる。
「ハムスターに似ているな」
「えっ?」
思わず訊き返す啓太を中嶋は、低く笑い声を立てて抱き寄せた。
「何ですか、いきなり…」
中嶋の腕の中から顔を上げて、啓太が拗ねたように言うと中嶋は、もう一度笑って、啓太の顎に手をかけた。
「そんな顔すると、余計にそう見えるぞ」
MVP戦で、ハムスターを捕まえなければならなかったとき、啓太は必死だった。これで負ければ、
啓太の退学が決まってしまう。啓太は、何も考える余裕などなかったが、中嶋は、すばやくハムスターを
捕まえていて、そんな姿にも見惚れてしまいそうだった。
「あの時は確かに、中嶋さんのおかげで、ハムスターをたくさん捕まえられましたけど。だからって、
今、そんなこと…」
啓太は、自分の耳にも届くほど高鳴っていた鼓動が、急に恥ずかしくなった。こんなときに、
中嶋がハムスターを出してくるなんて、啓太には理解できなかった。というより、理解したくなかった。
目覚めた時に、かすかに心をかすめた甘い気持ちが、啓太の心に舞い戻る。
ハムスターに似ているという中嶋の言葉は、啓太にはどうしても褒め言葉に思えなかった。
中嶋にふさわしくないと言われているようで、涙が出そうになる。
「俺が、中嶋さんみたいにかっこよくないからって」
瞳を潤ませて抗議する啓太を見て、中嶋は、やれやれと言いつつ、嬉しそうに啓太の耳元に口を寄せた。
「どんなに逃げても、お前は俺に捕まるんだろ?」
啓太の鼓動が、再び高鳴り始める。きつく聞こえる中嶋の言葉とは裏腹に、優しいキスが、啓太に落とされた。
目を閉じた拍子に、啓太の頬に流れた一筋の涙が、中嶋の指にかかる。中嶋は、啓太の顎から手を外し、
呼吸を整える啓太の息を奪うように、啓太に深く口づけた。
ふさわしいとか、ふさわしくないとか、そんなことは、もうどうでもいい。今、こうして中嶋の体温を
感じていることが、啓太にとって大切なことだった。
鮮やかな日の光の中でも、相変わらず見惚れてしまうほどの中嶋は、これからも啓太にとっての憧れで、
そんな人に捕まり続けられるなら、それは幸せなことなのかもしれない、と啓太は思った。
MVP戦中に、ハムスターを捕まえた後に見せた、中嶋の笑顔を思い出しながら。
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