「紅茶の美味しい会計室」
目の前に置かれた、丸い形と、真ん中に乗っている宝石のようにキラキラしたイチゴが特徴的なショートケーキは、
ふんわりと甘く、優しい気持ちになれるような気がして好きだった。
特に、そんなことを言ったわけではないのに、さり気なくこのケーキを用意してくれる七条さんには、
何もかも見透かされているようで、少しドキドキしてしまう。
「すぐに紅茶を用意しますから」
優しくそう言って、くるりと踵を返す。その動きは、いつ見ても、そつがない。軽い足取りの七条さんの後ろ姿を、
ぼんやり眺める。この人が、自分のことを好きだなんて、本当に現実味のない話だ。俺は、小さく溜息をついた。
会計室には、現実味のない人がもう一人いる。おとぎ話の住人のように綺麗な顔立ちをしている西園寺さんは、
向かいのソファーに座り、規則正しい速度で、難しそうな本のページをめくっていた。西園寺さんと七条さん。
この二人が並んでいる事は、何の違和感もないのに、自分がそこに加わる事には、いまだに馴染めない。
こうして、当たり前のように一緒にお茶を飲むことですら、俺にとっては、特別なイベントだった。
「伊藤くん」
やわらかい低音に呼ばれ、慌てて意識を引き戻す。俺、変な顔してなかったかな。
すぐに何かを察知してしまう七条さんに、何も思われてなければいいけど。
「ノリタケのラヴィサントが手に入ったんですよ」
俺の心配をよそに、小さい草花で縁取られた真新しい白いカップを運んできたその人は、
宝物を手に入れた子供のように嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見て、ほっとした俺も、自然と笑い返す。
「伊藤くんに似合うと思って」
少しだけ身をかがめて、ささやくように言う七条さんは、きっと、いたずらっ子みたいな目をしているに違いなかった。
なんだか恥ずかしくて、その目をみることは、できなかったけれど。
俺に似合うって…。
ふちはヒラヒラしてるし、作りも少し華奢で、イメージするなら「かわいい女の子」な気がする。
俺って、こんなイメージなのかな。いつも七条さんは、恥ずかしげもなく俺のことをかわいいなんて言うけど。
あんな人に褒められてるんだから、それは嬉しいけど。でも気持ちは複雑だ。だって、俺は男なんだし。
「うっとりするほど美しい、という意味があるんだそうですよ」
「え…?」
思わず聞き返してしまうほど、自分にそぐわない言葉を耳にした気がした。
そんな言葉が、誰よりもふさわしい人が目の前にいるのに。
困ったように、少しだけ目線を西園寺さんに向けると、西園寺さんは、思ったとおり、言葉にふさわしく、
優雅に本から視線をあげ、軽やかに笑い声をたてた。
「私に、その茶器は似合わないぞ、啓太」
確かに西園寺さんは、かわいらしいというより、凛として綺麗な人だ。可憐なこのカップよりも、もっときりりとして、
光を放つような美しさのあるカップの方が似合うに違いない。そう、今、西園寺さんが口をつけているカップのような。
「臣は、意外と目利きだからな」
意外、という言葉に、少し力を込めた西園寺さんは、七条さんと目を合わせて、意地悪そうに笑った。
「もっとも茶器の意味の方は、臣には啓太がそう見えている、ということだろうが」
何を言われているか、理解が追いつかなくて、思考が止まる。どうやって答えればいいのか
わからないまま俯いていると、西園寺さんが、ふふ、と軽く笑って耳元に顔を寄せてきた。
七条さんとは違う髪の匂いが、ふわりと鼻先をくすぐる。
「まぁ、私にも、わからないでもない」
いつもより低めの声と、意外すぎる言葉に、ますます顔を上げられなくなっていた。
「郁」
少しだけ、困ったような七条さんの声が聞こえる。
「お前たちの惚気た空気に付き合ってやってるんだ。これぐらい、なんということもないだろう」
悪びれる様子もなく、さらりと西園寺さんが言い返した。惚気た空気。その言葉の甘さに、また言葉を失ってしまう。
こんなときほど、七条さんの顔も見られずに。
「意地悪ですね、郁」
すねたような七条さんに西園寺さんは、「当然だ」と楽しそうに笑いかけた。
「楽しませてもらった。私は帰るとしよう」
立ち上がり、足早に会計室を出て行こうとする西園寺さんに、慌てて挨拶をする。
「啓太、また明日にな」
明日もまた、ここにいる自分。やっぱり不思議な気がする。そう思っていたのに、西園寺さんを見送って、振り返り、
七条さんの少しだけ淋しそうな顔が目に入ったとたん、「また明日も来ますね」と自然に言える自分がいた。
「そうですね。また、明日」
そっと後ろから抱きしめられる。自分が、ここにいていいと言われているように、心地よい暖かさが、身体を巡る。
ゆっくり流れるこの時間を、もう少し、このままで。
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