「星明かり」 1
一人で生きていけると思っていた。
それが、どんなに傲慢な考えか、知ろうともしなかった。
この世は、いつだって暗く閉ざされているようで、希望など持とうとも思えなかったから、
うまく生きる方法さえ身につけてしまえば、簡単に、楽に、過ごしていられる。
初めてそう思ったのは、もうずいぶん前のことだから、もう、そんな考え方に罪悪感すら覚えない。
郁に出会った。それで、自分の中の世界が、失っていた色を取り戻したような気がした。
郁は、日本で初めてできた「友達」だった。
それでも、郁についていけば、それでいいと満足してしまう。
僕のずっと深くに宿ってしまった絶望は、郁に出会っても、消えてはくれなくて、
ずっと、くすぶり続けている。
明るく降り注ぐ太陽の光は、じきに来るであろう夏の日を思わせた。
シャツ一枚でも汗ばむほどの熱気に、七条は、ふぅ、と息をつく。
開け放たれた会計室の窓からは、湿気を帯びた風が舞い込むばかりだった。
七条は、暑さに弱いという西園寺に目をやると、西園寺は、パソコンのディスプレイを眺めたまま、
ぼんやりしているように見える。
「郁、お茶を淹れましょうか?」
気を使ったつもりの七条に対して、西園寺は、予想外なほど愉快そうに笑って、七条に振り返った。
「仕事に飽きたのだろう?」
むしろ西園寺の方が、仕事の手を止めていたように思えた七条だったが、
まんざら間違ってもいない西園寺の指摘に、七条も笑って「はい」と答えた。
七条が、お茶を淹れようと立ち上がったとき、会計室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「伊藤です。今、入っても大丈夫ですか?」
啓太の声を聞きつけ、西園寺がドアに向かって、返事をする。
「啓太か。遠慮せずに入ってこい」
失礼します、と頭を下げた啓太が会計室に入ってくると、七条は、啓太の顔を
嬉しそうに眺めて、言葉をかけた。
「いいタイミングですね、伊藤くん。ちょうどお茶を淹れようと思ったところですよ」
「それじゃあ、俺も一緒に淹れますね」
笑顔で七条にそう言った啓太は、七条の後をついて行こうとした。
七条は、啓太に向きかえり「お願いします」と笑いかける。
いつからだろう。こんな風に、自分のテリトリーに他人が入ってくるのを拒まないようになったのは。
ごく自然に隣にいる啓太に、目をやりながら、七条は一人考える。
「どうしたんですか、七条さん?」
目線を感じた啓太が、七条を見上げ、不思議そうな顔をする。
なんでもありません、と笑う七条に、啓太は、ますます不思議そうに七条を見て、
少しふてくされたような表情を見せた。
「七条さん」
少し語気を強めて、啓太が七条に言葉を投げかける。
「黙ってちゃダメですからね!」
啓太の表情は、あくまでも真剣そのものだったのに、投げかけられた言葉に
ぽかんとした七条は、やがて、声を立てて笑い始めた。
「七条さんっ!」
あんまりな七条の態度に、啓太は、本気で怒ってしまったようだった。
七条は、慌てて啓太に頭を下げる。
「ごめんなさい、伊藤くん」
まだ少し笑っているように見える七条だったが、素直に謝られてしまって、啓太も慌てて頭を下げた。
「俺も……すみません」
笑って誤魔化してみたけれど、本当は、心を読まれていた気がする。
怖いな、と七条は、啓太を見下ろして、苦笑いをした。
心の中を見せない技術に長けていると思っていたのに、意外に自分は不器用なのかもしれない。
七条は、今までにない感覚を、啓太に覚え始めていた。