「店内で、イチャイチャするのを禁止させていただいております。(店長が別れたため)」

ひときわ目立つように立てかけられたPOPに、そう書かれていたのを見て、
啓太は思わず、七条に目を向ける。
怪しげなオカルトグッズを手にとって、しげしげと眺めている七条は、
まだそのPOPの存在に、気付いていないようだった。
こんなものを見たら、また何か言い出すかもしれない。いや、もしかしたら、何かされるかも……。
七条と付き合ううちに、少しは学習したらしい啓太は、七条から視線を外し、
店内に無節操に置かれている雑貨を見始めることにした。


数日前の午後、西園寺が出かけていたため、二人きりになった会計室で、七条と啓太は、
七条が持ってきた外国製の菓子を広げて、のんびりと過ごしていた。
「七条さんって、変わったお菓子を持っているんですね」
普段、あまり目にすることのない華やかなパッケージの菓子を受け取りながら、
啓太が不思議そうにそう言うと、七条は、菓子の一つを、啓太にかざして見せた。
「最近、近くにできた雑貨屋で買ったんです。いろいろあって、楽しいでしょ」
アメリカで幼少期を過ごしたという七条は、「こんなお菓子が、懐かしくて」と嬉しそうに言いながら、
包みを開いて、色鮮やかなジェリービーンズを、啓太の手の上に、ぽんと置いた。
手のひらに乗せられたジェリービーンズを、物珍しそうに眺めていた啓太を見て、小さく笑った七条が、
啓太の耳元に口を寄せて、そっと囁く。
「一緒に見に行きますか?」
七条の息が啓太の耳にかかると、その感覚にドキリとした啓太は、思わず
手に乗っていたジェリービーンズを落としてしまった。
「ごめんなさいっ。でも……、そんなに近くで言わなくても……」
「すみません。つい」
顔を紅くしながら、もごもごと小さな抗議をする啓太に、七条は、笑いながら頭を下げる。
反省の色は、まったく見られなかった。
いつものことだと分かっていながら、その態度は、啓太に溜め息をつかせる。
啓太は、落とした菓子を拾い、うつむいたまま、つぶやくように口を開いた。
「いいですよ……」
聞こえませんでした、と言わんばかりに、七条が、「え?」と啓太に顔を寄せて聞き返す。
啓太は、せめてもの抗議に、七条とは反対の方を向いて、「連れて行ってください」と小声で答えた。


そんないきさつで訪れた雑貨屋は、所狭しと品物が置かれていて、どこに目を向けても、
変わった雑貨に行き当たる。一般的な雑貨屋と違うのは、品揃えだけではなく、一品ごとに書かれている
POPに特徴があることだった。
北海道土産として売られている、いろいろな味のキャラメルには、「うまい!」と書かれているのに、
ジンギスカン味とビール味のものにだけは、「まずっ!」と書かれていた。
啓太は、ジンギスカン味のキャラメルを手に取り、独り言のようにつぶやく。
「まずいなんて書いてあるけど、本当にまずいのかなぁ」
まずいことが売りになったというそのキャラメルは、本当に美味しくないという事実があるのだが、
七条は、啓太に真顔で言葉を返してきた。
「普通に美味しかったですよ、これ」
啓太は、西園寺が七条の事を、味覚障害だと言っていたことを思い出して、そっとキャラメルを棚に返した。

七条と啓太は、ゆっくりと店内を見て回った。雑貨を手に取り、他愛のない会話をしていると、ほっとする。
啓太は、こんな時間を楽しんでいるように見える七条を、ちらりと見上げて、七条に気付かれないように
視線を戻して、小さく笑った。一緒に来られて良かったな、と思いながら。
そうしているうちに、七条が、一冊のノートを手に取った。
「恋人の愛を確認するためにもぜひ!」と帯に書かれたノートは、交換日記のようだった。
書いてみましょうか、なんて言い出しはしないだろうか。それは、ちょっと恥ずかしい……。
恋人という言葉に慣れない啓太の頭の中を、そんなことが駆け巡る。
ぱらぱらとページをめくっている七条を気にして、ちらちらと見ている啓太に、七条は、笑って声をかけた。
「もっと、ちゃんと見てくれていいんですよ。恋人に見られているなんて、幸せなことなんですから」
「恋人って……。こんなところで……」
慌てて周りを見渡した啓太を気にするわけでもなく、七条は困ったように言葉を続けた。
「ああ、あんまりイチャイチャしていると怒られてしまうんでしたね、このお店は」
やはり、あのPOPに気付いていたのか、と啓太は、驚きつつも、笑ってしまう。
七条は、啓太の笑いにつられるように笑って、手に持っていたノートを、元にあった位置に戻した。
「七条さん……」
意外にも、ノートについて何も言わなかった七条に、啓太が思わず声をかけると、七条は、憂うような
表情になって、話始めた。
「書き残すことに、意味があるのでしょうか」
七条の問いかけは、啓太の心に、突き刺さるような痛みを残す。
啓太は、七条に、何か声をかけたかった。それなのに上手く言えないまま、ただ七条を見上げるだけの
啓太の頭に、七条は、そっと顔を寄せて、つぶやいた。
「そんな顔しないで。こうして君と一緒にいられる方が、書くことより大事だと思ったんですよ」
そう言う七条は、まだ少し悲しそうに見えた。啓太は、何もできないことを悔やんでうつむいてしまう。
「じゃあ、出ましょうか」
「え?」
「だって、ここで愛を確かめてはいけないのでしょう?店長さんに追い出されてしまう前に出ましょう」
さっきの憂いた表情などなかったかのように、七条は明るく笑って、啓太の手を取った。
啓太は、諦めたように、七条に手を引かれるまま、歩き始める。
今度、七条が、何かを思って憂うときは、何か言葉がかけられたらいいな、と心の中で思いながら。


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